餅、杵つき餅(もち、きねつきもち)
宮城県餅、杵つき餅(もち、きねつきもち)
分類(大)
農産
分類(小)
穀類
主な使用食材
もち米
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主な伝承地域
県内全域
食品概要(特徴・種類)
宮城県は全国でも屈指の米どころであり、餅料理も非常に多い餅どころでもある。一説では50種類以上あるとも言われており、昔から正月や婚礼などのハレの日はもちろん、盆や法事、葬儀、節句などの年中行事、農作業の節目や来客時まで、一年を通して餅が食べられていた。その食べ方も雑煮やあんこ餅以外にも多種多様で、よもぎ餅やくるみ餅、大根おろしをかけたおろし餅という具合に、季節の食材を合わせた餅料理も多く存在し、餅を大切においしく食べようという人々の工夫が感じられる。また、こんがりと焼いたどじょうを使ったふすべ餅やくるみ餅、ごま餅、納豆餅などもある。1955年頃の調査によると、県北では1年間に70回も餅をついて食べていたという例もある。
歴史・文化、関連行事
元々、餅は単なるおいしい食べ物ではなく、神が宿る特別な存在として敬われてきた。餅を食べると力がつき、生命を再生させる力があると信じられ、ハレの日に餅を食べる習慣が広まっていった。また、餅は長く伸びて切れないことから、長寿を願う意味も含まれている。
江戸時代になり、仙台藩初代藩主・伊達政宗が河川流域を水田として改修し、米作りの基礎を築き上げた。当時、仙台藩は、農民に対して毎月1日と15日に餅をつき神仏に供え、平安息災を祈ることを推奨したため、ハレの日だけでなく、日常的に食べる機会が増えたのでないかと考えられている。
製造方法
もち米を蒸して木や石の臼で粘り気が出るまでついて、丸めたり、平たく伸ばしたものをカットし、汁物に入れたり、大根おろしや納豆などを絡ませて食べる。
また、つきたてを食べるだけでなく、極寒期に作る保存食の凍み餅もある。7割方ついた餅に砂糖、塩、ごまを入れ全体に混ざるまでつく。1~2㎝の厚さに切り、水に浸けて凍らせてから紐で編む。軒下など寒いところに吊るして凍結と乾燥を繰り返しながら、1か月ほど乾燥させる。食べる時は水で戻してから、トースターで軽く焼き、きな粉をまぶしたり、バターや醤油で味付けしたりして食べても良い。
保護・継承の取り組み
各家庭で親から子へ伝わっているが、近年は市内のスーパーマーケットや道の駅などで生産者が作った物が通年販売されており、地元の人も購入している。
主な食べ方
県北地域に位置する栗原市では、田んぼの用水路や沼などでとれる沼エビやドジョウは貴重なたんぱく源であり、沼エビを使用したエビ餅、ドジョウを使ったふすべ餅などがハレの日の食事で食べられてきた。他にもあんこ餅、汁餅、おろし餅、しょうが餅、納豆餅など種類が豊富で、一度に5、6種類の餅が食卓に並ぶこともあった。