刺身こんにゃく(さしみこんにゃく)
茨城県刺身こんにゃく(さしみこんにゃく)
分類(大)
農産
分類(小)
その他農産加工品
主な使用食材
こんにゃく
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主な伝承地域
県北地域(奥久慈地方)
食品概要(特徴・種類)
こんにゃく芋いもの粉末を凝固させて作るこんにゃくには板こんにゃく、つきこんにゃく、糸こんにゃくなど、製法によって様々な種類がある。刺身こんにゃくは、こんにゃく芋の精粉(乾燥させてより細かく砕いた粉)から作るためアクが少なく下茹でが不要で、生のまま食べることができる。昔は各家庭で収穫したこんにゃく芋を室(むろ)に保存し、新年を迎えると室から取り出し、刺身こんにゃくを手作りして、正月などのハレの日の行事ごとや、お茶請けとして客人をもてなす際に振る舞われていた。
歴史・文化、関連行事
茨城県奥久慈地方は古くからこんにゃく芋の栽培が盛んであった。江戸時代中期に、常陸大宮市(旧久慈郡諸沢村)の農民であった中島藤右衛門という人物がこんにゃく芋を粉末にする方法を考案したことから、こんにゃく発祥の地とも言われている。元々、奥久慈地方は山間地で早くからこんにゃく芋を栽培していたが、腐りやすく、また重いので、遠くまで売り捌くことが困難だった。ある時、藤右衛門は、こんにゃくが農耕の鍬で切断され、天日で白く乾燥していることに着目し、薄く輪切りにし串に刺して乾燥させ、砕いて粉にすることに成功。これによって、軽量で貯蔵しやすくなり、江戸はもちろん奥州、北陸地方さらに遠方まで販路が広がり、当地方のこんにゃく芋栽培は飛躍的に増大し、水戸藩の専売品として藩財政を支えるまでに成長した。水戸藩はその功績から藤右衛門に名字帯刀、麻裃着用を許可している。
その後、こんにゃくは蒟蒻珀珍(1846年)という料理書が発行されるなど庶民の食を支えた。こんにゃく芋を生産する各村では、近年まで藤右衛門の功績に感謝して、手作りのこんにゃく料理を持ち寄って酒をのむ藤右衛門講を開いたり、藤右衛門の肖像やこんにゃくを描いた掛け軸を床の間に掛けたりして、その功績をたたえてきた。大子町には藤右衛門を祭った蒟蒻神社がある。
製造方法
「刺身こんにゃく」は、一般的なこんにゃくと比べてアクが少ない高品質な精粉を使い水分を多めに製造しているため、茹でずにそのまま食べることができる。白いプレーンなものから、青のり、柚子、唐辛子入りなど様々な種類の物が製造されている。
保護・継承の取り組み
自治体のウェブサイトにて、こんにゃくの歴史や提供している飲食店舗などの情報を発信している。現在はこんにゃく芋から手作りしている家庭は少なくなったが、刺身こんにゃくは地元の道の駅や直売所で購入できる。
主な食べ方
つるんとした食感が特徴で、そのまま薄くスライスして、わさび、しょうが、ゆず、青ねぎなどの薬味を添え、だし割り醤油を付けたり、柚子味噌や酢味噌をつけて食べる。また、煮しめや肉じゃがなどの料理にして食べられている。近年は、生のままサラダやマリネといった料理の具材に使用したり、黒蜜ときな粉をかけてわらび餅風にアレンジしたりするなど、おやつの材料としても利用されている。