生姜糖(しょうがとう)
島根県生姜糖(しょうがとう)
分類(大)
農産
分類(小)
その他農産加工品
主な使用食材
生姜(出西生姜)、砂糖
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主な伝承地域
出雲市平田町
食品概要(特徴・種類)
生姜糖とは生姜の絞り汁に砂糖を混ぜて、炭火で煮詰めて固めた菓子のことで、生姜ならではのツンとする辛さと砂糖の甘さの、2種類の異なる趣を楽しむことができる。出雲市平田町で製造される生姜糖は雲州平田の生姜糖という名で親しまれ、特産の出西生姜を原料に作られている。この生姜は一般の生姜より小ぶりで、香りがたち、強い辛味と共に甘みがあり、特有のえぐみと繊維質が少なく、生姜糖に加工しやすい特性を持っている。同じ種生姜を他の場所で栽培しても普通の生姜に育ってしまう不思議な性質を持ち、「幻の生姜」と呼ばれている。
歴史・文化、関連行事
雲州平田の生姜糖の誕生は島根民藝録・出雲新風土記によると、來間屋文左衛門が松江藩の奉行所を離職し、茶道・華道に励んだことに始まる。茶席にむく高尚な菓子を求めた文左衛門は、1715年、出西町の行商が売り歩く生姜と平田地域で栽培されていたサトウキビに着目し、高品質の日持ちがする生姜糖を完成させた。
その後、文化年間に、第11代将軍の徳川家斉および松江藩主にしばしば献上して、称賛を受けたことで雲州平田の生姜糖が広く知られることになった。
以降、この地域で生姜糖が盛んに作られ、大正から昭和初期には平田地域の菓子店20軒のほとんどが生姜糖の製造を手掛けており、山陰名物として広く名を馳せていたが、現在、生姜糖を手掛ける店は1軒だけとなっている。
製造方法
機械を使わず、今も全て手作業で行われている。鍋に水と砂糖を煮溶かし、そこに出西生姜の絞り汁を加えて炭火で煮詰めていく。炭火を使うのは、遠赤外線効果によりガスや電気よりも火の通りが均一で、砂糖が焦げず、生姜の色、香り、風味が損なわれにくいなどの利点があるためである。一定時間煮詰めたら型に流し込み、季節や気温、湿度を見極めながら冷まし固めていく。保存料や添加物を一切使用せず、昔と変わらない製法で作られている。
保護・継承の取り組み
1930年代、20軒あった生姜糖を製造する店も、現在は1軒だけとなっている。
これには生産者の減少が影響していると思われ、1950年代半ばまで盛んに栽培されていた出西生姜も、その後他県の安い生姜に押され、数えるほどの農家が自家消費分だけを栽培する状況になってしまっていた。しかし、1998年に斐川町特産開発振興会がこの出西生姜を復活させようと農家に生産を依頼し、再び出西生姜の生産組合が誕生し、徐々に生産量が増えている。
主な食べ方
元々茶席の菓子として考案されたもので抹茶との相性が良く、日常的な茶菓子として楽しまれている。最近ではコーヒーや紅茶と合わせる人も多い。